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「社会的弱者に優しい世の中」はもうすぐ終わる気がする

今の世の中で社会福祉に使うお金っていうのは

一部の人たちに集中している

そんな傾向にあるんじゃないかなぁと思うんですよね。

今の世の中っていうのは
いわゆる「みんなが1人のために」的な世の中なわけで。
社会全体で困難な一部の人を支えていくみたいな。
そういう風潮なんだと思うわけです。

・年金をもらう「高齢者」
・「働けない人」に生活保護
・「外国人」の留学費用を免除
・「難病患者」に対する医療

それってこういう例を見ても明らかな感じがしていて。

高齢者であるとか、働けない人であるとか。
今の日本で社会福祉の恩恵を受けている人っていうのには必ず条件が存在していて。
「〜な人」っていう条件にハマる一部の人。

その1部の人たちを助けるための世の中なんじゃないかなぁと思うわけです。

社会全体から集めたお金を一部の大変な人たちに投下してあげる。
そうやって社会全体で弱者を守っていこう

こういった風潮があるんじゃないかなぁと思うわけですよ。

でも現在その風潮ってだんだんと変化してきていて。

みんなは1人のために的な世界→みんなはみんなのために的な世界

つまり

一部の弱者にお金を配る→全員に一律平等にお金を配るシステム

の方へ向かって動き出しているのかなぁ、って感じるわけです。

どうしてこんな風に変化してしまったのか?

それは多分

一部の人を守るべき普通の人たち自体が貧乏になってしまった。
なのでもう守れる余裕がなくなってきてしまった

そういうことじゃないかなと思うんですよね。

最近はずっと景気が悪いじゃないですか。
給料も上がらないし、生活が大変だって人たちは増えてきていると思うんですよね。

毎日がんばって働いているのに全然楽にならない。
そんな声を聞くどころか、もうみんな諦めてしまっているような状況。
そんな雰囲気になっていると思うわけですよ。

最近は
普通に働くよりも生活保護もらった方がたくさんお金がもらえるじゃん

みたいな話が話題に上るようになって来ちゃったわけじゃないですか。

それってボクは象徴的な話だと思っていて。

本来弱者であるはずの人たち。
守ってもらうべき人の方が強者になってしまって。
弱者を守るべき人。
普通の人たちよりも強くなってしまった。
そういう状況になってしまったんだと思うわけですよ。

ボクの知り合いが言っていたんですけど。
生活保護の支給日になると、彼が働いてるお店に生活保護受給者が商品を買いに来るわけですよ。

で。真面目に働いているボクの友人は、その生活保護受給者の人たちに対して「いらっしゃいませ」って頭を下げているんだって。

最初に言っておきたいのは、ボクはこれからの世の中は「優しさの時代」に入っていくと思っているし。
上下関係とかそういった言葉を使うのはほんとに好きじゃないんですよ。

ただ、真面目に働いている人間が、税金で生きている人に頭を下げている。
こんな状況は実際に発生しているんだろうし。
最近は真面目に働いたって給料が上がらないもんだから、未来に希望が持てない
そんな状況でイライラしちゃって。

なんでオレが生活保護受給者に頭下げなきゃならないんだよ

そんなふうに考えちゃうのも無理はないのかなあって。
そう思っちゃうんですよね。

こういった話って別に生活保護だけの問題ってわけでもなくて。

例えば発展途上国から日本に来ている留学生の人たち。
この人たちって学費がタダだったりするわけですよ。

で。その反対に日本人の学生は「卒業して何年たっても学費のローンが払い切れない」みたいな問題があって。
それで日本人学生さんたちが

奨学金返せないよ!

みたいな。
そんなデモを起こしたりしているわけですよ。

これもおかしな話ですよね。

まぁ言葉は悪いですけど。

貧乏な国から来ているから学費を無料にしてあげているわけじゃないですか。
外国人留学生って。

なのに当の日本人大学生の方が外国人留学生以上に貧困にあえいでいたら、本末転倒。

何のために外国人を優遇してあげてるんだ

そんな感情が生まれてきちゃうのはしょうがないことだと思うんですよね。

1部の人間を助ける世の中はもう終わりにしよう

そんなエネルギーが今の社会には働いているとボクは考えていて。

じゃあその結果として次はどんな時代が来るのか?って言う話なんですけど。

それはやっぱり

みんながみんなのために

って言う社会なんだと思うんですよね。

今ベーシックインカムって言うシステムが結構いろんなところで取り沙汰されているじゃないですか。

あれってこの
みんながみんなのために的な社会
を象徴するシステムだと思うんですよね。

・年金廃止
・健康保険廃止
・生活保護廃止

それで国民には一律で80,000円とかのお金を配るようにする。
そんな感じのシステムなわけですから。

高齢者だったらとか、難病患者だったらとか。
そういった受給条件みたいなのは全部なくなっちゃうわけです。

みんな一律でもらえる金額は80,000円。

そのかわり、政府がやることはやってしまったから。
後は病気にかかったり、大変な状況になったとしても自分で全部何とかしてね。

そんな自己責任の社会なのかもしれないなぁと。

だからすごく高額な治療がかかるような病気にかかったりしたら、もう完全にアウトですよね。

治療費1億円とか。
まぁすごくレアなケースかもしれないですけどそういった病気にかかる場合っていうのもあるわけじゃないですか。

そういうのにかかってしまったらもう諦めるほかないんだろうなぁと。
そう思います。

まぁ世の中の風に逆らおうって思っても、逆らいきれるものじゃないわけじゃないですか。

だから状況が変化していく中で自分なりに生きていく方向を模索していくしかないとは思うんですけど。

とりあえず健康って言うのは1番大切なキーワードになるんじゃないかなって思うんですよね。

自己責任的な世界になったら、医療費も高くなっちゃうんだろうし。
病気になってしまったら、そりゃあ大変なわけじゃないですか。

たぶん政府は助けてくれないわけだし。

多分今のアメリカみたいな感じになってくるんじゃないかなぁと。
そんな気がしてるんですけどね。

ジョブズの動画に感動的なBGMをつけないで欲しい

ボクは昔の偉人が話している動画を見るのが好きで。
YouTubeを使ってよく見ています。

ボクは趣味が占いだったりもするので、気になった人がいたら名前を検索。

それで彼が本当に言いたい事は何なのか?
そこを研究していく作業が好きなんですよね。

それで最近スティーブジョブスさんの動画を見ていたわけですけど。
その時にちょっと思ったことがあるんですよね

インタビュー動画で流れるBGMって邪魔じゃないですか

ジョブスさんなんかはもう死んじゃったわけだし。
よくも悪くも神格化されちゃってるわけですよね。

それで、なんていうんですか?
「感動しなさい的なBGM?」が編集で挿入されている。なんてことが多いわけです。

まるで
ジョブズさんが言っていたすべての言葉は珠玉の名言

とでもいわんばかりの編集っぷりで。

言っている事とBGMが合っていない時もあったりするので。
正直、見ていて

うわっ、、、

っと思ってしまうことが多々あります。

いや確かにジョブズさんは凄い人だと思うし、素晴らしい考え方を持っていたんだと思うんですよ。

だってそうじゃないとiPhoneを作ったりとかいろんな革新的なアイディア何かは生まれてこなかったわけだし。
それは事実だと思うんですよね。

でもその一方で、

完璧な人間なんているわけがないんじゃない

そんなふうにも思ってしまうんですよね。

まぁこれはボクが占いができるからっていうのもあるんですけど。

人間って実は欠点だらけで生きているもので。
それは偉人であろうと凡人であろうと同じなんじゃないかな。
そんなふうに感じてしまうわけです。

BGMの何が邪魔かって言うと
編集者の意思が入り込んでしまうこと
だと思うんですよね。

今の世の中ってインターネットで自分で情報取りに行ける時代なわけじゃないですか。

で。YouTubeで名前を検索しているっていう時点で、その人に興味を持って調べていたりするわけですから。

編集者によるイメージを押し付けみたいなのって不要な要素なんじゃないかなぁと。
そう感じちゃうわけですよ。

できるだけニュートラルな気持ちで人を感じたい

そんな気持ちで動画を開いているっていうのに。
なんか、ものすごく味付けがされた動画に仕上がっていたりして。
結構嫌な気持ちになったりしちゃうんですよね。

まぁそれでも
自分が見たい動画があるんだけど、どうしてもBGMなしのものが見つからない

なんて時もあるじゃないですか。

そういう時はボクは「頭の中でBGMを消す」っていう脳内処理をしながら見ていたりするんですけどね。

人が話してる動画

これってそれだけで相当いろんな情報がそこに詰まってると思うんですよ。

発言でしょう。雰囲気でしょう。
仕草1つ取ったって、そこにはいろんな意味が含まれているわけじゃないですか。

そういったところに注意して見ていると

あぁ。ジョブズさんはこういう時に深く考え込むんだ

とか

こういう話をしているときに笑顔になる人なんだ

とか

本当にいろんな情報が感じ取れるわけじゃないですか。

この
・BGMありの動画
・BGMなしの動画

っていうのは

・塩ラーメン
・海鮮豚骨醤油ラーメン

みたいな感じに比較ができるんじゃないかなぁとボクは思っていて。

純粋にその人を感じることができるのはBGMなしの塩ラーメンですよね。

出汁と塩の味しかないわけだから、ごまかしがきかないっていうか。
その人の持っている雰囲気がそのまま動画に現れているわけですよ。

海鮮豚骨醤油ラーメンっていうのも、もちろん美味しいは美味しいわけですけど。

ただスープの中に入ってるものはカオス。
もはや、分別が不可能な感じになってしまっているんだと思います。

編集過多の動画っていうのは、BGMに効果音。そして切り取りでしょう。

とにかくいろんな要素がプラスで入り込みすぎているので、複雑になりすぎている。
そういうことなんじゃないですかね。

だから
ジョブズさんそのものを感じたい。
良いところも悪いところも含めて。

そういう人はBGMがない動画を選べばいいと思うし。

いわゆる世間で評価されているステレオタイプな見方でのジョブズさん。
そこを知りたい人はBGMがある動画を選べばいいんだと思うわけです。

ただ。どうなんでしょうね。
さっきも書いた通り今はインターネットの時代。
自分で興味がある人を直接調べる時代なわけですから。

ジョブズさんの世間イメージを知りたい!

なんて人は実はもうあんまりいなくて。

よくも悪くも本当の姿を知りたい!

なんて人の方が多くなっている気がするんですけどね。

あ。ただですね。

別にボクはすべての編集が悪だって言ってるわけではなくて。
発言者の意図をちゃんと汲み取って、魅力を生かすような形でBGMを活用するのであればオッケー。

むしろそれはそれで素晴らしいドキュメンタリーになるいいんじゃないかなぁと。
そんなふうに思っています。

実際に発言者の気持ちとBGMがマッチした神動画みたいなのもあるわけじゃないですか。

ボクだって、そういう動画を見て感動したことだってあるわけですしね。
全部が全部否定しきれるっていうものでもないと思うんですよね。

学校の先生はもっと尊敬してあげた方が良いと思う

「先生」って呼ばれる職業といえば何がありますかね?
お医者さんでしょう。弁護士さんでしょう。それから学校の先生もそうですよね。

今挙げた3つの中で1番社会的な地位が低いのってやっぱり学校の先生だとボクは思うんですよね。

学校の先生って呼び方だけは「先生」なんて立派なものなんだけど。
実際にはあまり尊敬されていなかったりするんじゃないかなぁと。
そう感じちゃうわけですよ。

でもこれってちょっとおかしいことだと思いませんか?

だって学校の先生って未来を担う子供たちを教育する仕事なわけでしょう。

これってなかなか責任は重大で。
大変な仕事なわけじゃないですか。

だって変な人間を育ててしまったら、世の中グチャグチャになったりしてしまうわけですから。

だから学校の先生って本来は尊敬されてしかるべき存在なんじゃないかなぁって。
そんな風にボクは思ってたりするんですけどね。

どうして日本では学校の先生ってあまり尊敬されてないんでしょうか。

それはボクが考えるに
経済力のある仕事=尊敬される仕事
こんな図式が日本では成立しているからじゃないかなぁと。
そんな気がするんですよね。

ようは
お金がある人が偉い
みたいな。
そんな風潮がある気がするわけです。

だって実際に社会的に高い評価を受けている仕事ってみんな高給取りのお仕事だったりするわけじゃないですか。

例えばお医者さんでしょう。
弁護士さんでしょう。

それに会社の社長さんとかも。
社会的地位って言う意味では結構上位に位置してるイメージがあります。

こういう状況を眺めてみると、ボクなんかは

うわぁ。拝金主義的だなぁ、、、

そんな風に感じてしまうわけですけどね。

こういう風潮って、実はあまりいいことじゃないんじゃないか。
ボクなんかは、どうしてもそんなふうに思っちゃうんですよね。

なぜそう思うか?

それは社会が拝金主義的になっちゃうと、アンバランスで不平等な世の中が出来上がっちゃうような気がするからです。

だって
お金+尊敬
でしょう。

お金を持っている人が尊敬まで手に入れちゃったら、それはちょっと行き過ぎじゃないですかね。

「世の中の全てを手に入れる」ような人が現る。
そんなことになったら、これってとても不平等なことだと思うんですよね。

だって、そうなってくると逆に全てを失う人が出てきちゃうわけで。
お金はない。尊敬もされないみたいな。

そんな悲惨な人たちを生み出すことに繋がっちゃうんじゃないかな。
そんな風に考えちゃうからです。

ボクが今暮らしているベトナムの話をちょっとしたいなぁ、と思うんですけど。

ベトナムでは先生の仕事っていうのは無条件に尊敬される仕事なんですよね。

お給料は安いんですけど、みんなからの尊敬はしてもらえるっていうか。
まぁ。そんな感じです。

ベトナムではとにかく人に何かを教えることっていうのは、それだけで「尊いこと」だとされていて。
教育関係の仕事にはちょっと名誉職的な一面があるんですよね。

だから生徒たちからも

給料は安いのに私たちに教えてくれてありがとう

そんな雰囲気が感じられるというか。

先生に対して優しい文化が根付いているわけですよ。

ベトナムには「先生の日」って言う日なんかもあってですね。
この日は生徒が先生に対して日ごろの感謝の気持ちを表す日なんですよね。

プレゼントをあげたりとか。
ケーキを食べたりとか。

まぁ。学校の先生にとってはちょっと嬉しいイベントデーです。

学校によっては先生のために劇をやったりとか。
割と大掛かりなイベントが準備されていることもあったりするので。
日本人が初めて学校の日のイベントに参加すると

え?先生って言うだけでこんなに優遇してもらえるの?

ってカルチャーショックを受けること請け合いだと思います。

今日本で働いている教育実習生って人たちがいるじゃないですか。

ベトナム現地にはその人たちに日本語を教える仕事っていうのがあって。
ボクはその仕事をやっていたことがあるんですけど。

ボク自身、先生の日には盛大にお祝いしてもらって、とても感動した記憶があります。

先生やっていてよかったなぁ

そう思いましたよ。やっぱり。

まぁ。こんな感じでベトナムには先生を無条件で尊敬する文化っていうのがあるわけですけど。

こういった文化があるおかげで、教育に対してのメリットもある気がしています。

それは
先生の質が良くなる
ってことなんですよね。

ベトナムにおける先生っていうのは「人に尊敬されるべき立場」っていうのが明確にあるわけですから。

やっぱりそれが責任感みたいなものにつながっていて。
教師自身の人間性向上につながっているケースが多いんじゃないかな。と。

そう、ボクは感じるんですよね。

いやそりゃあ、いろいろと問題はありますよ。
ベトナムってまだまだ発展途上国ですから。

日本人の感性では考えられないような事件を起こすような先生だって、結構いたりもするみたいです。

それはそうなんですけど。

ボクが話しているのはあくまで比較論の話なんですよね。

・先生の仕事をしている人
・その他の仕事をしている人

この2つを比較したときにどちらの方が倫理観に優れているか?
っていう話です。

やっぱり学校の先生の方がしっかりした意識を持って働いている気がするんですよね。

今、日本では「学校の先生の仕事がすごく大変だ」って言う話が出てきているじゃないですか。

これって本当の話だと思うんですよね。

だって自分が学生の時は気づかなかったんですけど。
学校の先生っていつも職員室で働いてたりするじゃないですか。

採点でしょう。残業でしょう。部活でしょう。
生徒の宿題チェックしたりとか。
生活指導なんかもするわけですよね。

多分業務量は半端じゃない。
それはそれは、大変な仕事だと思うんですよ。

そんな大変な仕事なわけだから、給料を上げてあげたらいいんじゃないかなって。そう思うんですけど。

なかなかそれも現実的には難しいみたいですよね。

だから給料をあげることができないのであれば、せめて尊敬する。

そういった文化を作っていかないと、志しの高い人は先生にならないんじゃないかなぁと。
そう思っちゃうんですよね。

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マクドナルドを食べに行くときのボク的な心構え

マクドナルドって今ではありふれた存在で。
日本中至る所に店舗があるわけじゃないですか。

まぁ。それで希少価値みたいなものもあまり感じられなくなっているのか。

昼はとりあえずマックにしとくか

みたいな。

そんな軽い気持ちで食べに行ってる人が多いと思うんですよね。

でも考えてみたら子供の頃のマクドナルドって、もっとなんか光ってた気がするんですよね。

週末はお母さんにマクドナルドに連れて行ってもらいたいなぁ

こんなことを考えている子供って実は結構多い気がしていて。
少なくともボクはそうでした。

まぁ昔は今より店舗数が少なかったっていうのもあるし。
それにボクの場合は母親が

体に悪いから

っていうのでめったに連れて行ってくれなかったから。
それで自分の中でマクドナルドで食べるっていう行為自体が貴重な体験になっていた。

そういうこともあるんだとは思うんですけどね。

まぁ。とにかく昔からボクにとっては結構特別な日だったわけですよ。
マクドナルドが食べられる日っていうのは。

で。実は大人になった今でもその感覚ってあまり変わってなくて。
マックでご飯を食べれる日って言うのは結構いまだにワクワクしたりするんですよね。

マクドナルドっておいしいじゃないですか

何といっても
ハンバーガー+フライドポテト+コカコーラ
ですからね。

このコンボが嫌いな人っているのかな?
っていうくらい完璧な食べ物の組み合わせですよね。

肉に揚げ物にコーラですよ。

ボクにとっては、子供の頃から今まで変わらない。
まさに憧れの味です。

ボクの中でマクドナルドを食べるときの心構えっていうのは
よし!今日はアメリカ料理を食べに行くぞ
っていう。
そんな感覚なんですよね。

ファーストフードを食べに行くって言う気持ちでマックに行ったら。
まぁ。ただのワンコインランチになっちゃうわけじゃないですか。
マクドナルドの昼食って。

でも、それじゃあちょっと残念な感じがしちゃうんですよね。
せっかくのマクドナルドを楽しみきれてないっていうか。

せっかくわざわざお店まで行くわけですよ。
お金も払って。
そして体に悪い食べ物を食べるわけですから。

もっと気分を盛り上げて。
自分の中で楽しんで行った方が良いにきまってる。
ボクはそう思うわけです。

アメリカ料理を食べに行く
アメリカの文化を感じに行く

こんな気持ちで食べに行くと、それだけでもう気分はアメリカ。
まるでアメリカを旅しているような気持ちになっちゃう。

マクドナルドって外国の食文化を体験するって言う目線で考えるとめちゃめちゃコスパがいい食べ物だと思うんですよね。

だって、マック以外で本格的なアメリカ料理を食べたいなぁと思って。
それでハードロックカフェとかに食べに行ったらメチャメチャ高いわけじゃないですか。

2〜3000円位はあっという間に飛んじゃいますよね。
ハードロックカフェ。
しかもなんか敷居も高いじゃないですか。
軽い気持ちで食べに行く事はできないみたいな雰囲気。
そんな気がします。

いやおいしいんですけどね。
ボクは大好きなんですけど。

ただ、どうしても
月に1回はいけないなぁ
そう感じてしまう位の敷居の高さがあるんですよね。
値段的にも、雰囲気的にも。

だからやっぱりマックは最高なんですよね。

だってマクドナルドのハンバーガーって間違いない本場のアメリカの味なわけじゃないですか。

アメリカ人が毎日食べている「アメリカの味」。
それがマクドナルドへ行くだけで、気軽に楽しめちゃう。
しかもそこそこ安いわけですよ。

これって実は結構すごいことなんじゃないかなぁと思うんですよね。

マクドナルドのフォーバーガーは「すっごくフォーな味」

ベトナムのマクドナルドでフォーバーガーが発売されているよ

こんな書き込みをベトナム関係のFacebookで読んだんですよね。

ベトナムのマクドナルドって、前回作ったご当地メニューで、大コケしてるんですよね。

ベトナムマックに新登場のご当地メニューはやっぱり「アレ」だった

あの時はバインミーだったんですけどね。
フランスパンが固くて、どうも美味しくなかったんですよ。

ベトナムのバインミーのパンが堅かったらダメでしょ

こんな持論をボクは持っているので。
正直あのメニューは微妙だなぁって感じていたんですけど。
いつの間にやらマックバインミーはベトナムのマクドナルドから消え去ってしまったみたいです。

そっかぁ。ついに幻のメニューになってしまったんだ。
まぁ、しょうがないかもですね。
美味しくなかったですもんね。

まぁそんな経緯があったりするので。
ボクはベトナムのマクドナルドが作るご当地メニューに対しては正直微妙なイメージをもっていたわけですよ。

そこに来て、今回の
フォーバーガー
でしょう。

え?バーガーにフォーって謎。
麺をパンに挟むわけ?

って感じで。

もう名前からして失敗作の匂いがプンプンしている気がしたので。
正直あんまり期待できないんじゃないかなぁと。
そんな風に考えていたんですけど。

実際に食べてみたら、これがなかなかどうして。

ベトナム文化+マックのハンバーガー

が融合したものすごく個性的なものに仕上がっていたんですよ。

このフォーバーガー。
まずパッと見て、目につくのはベトナムの香草なんですよね。

これってフォーを食べるときに使うやつで。
・ノコギリコリアンダー
・バジル

ですね。

ホーチミンのフォー屋ではこの香草類は食べ放題。

卓上調味料として常備されているものなので、現地で生活しているボクからすると特に珍しくもなんともない感じではあるんですけど。

でもハンバーガーにベトナム風の香草を入れてしまおう、って言う発想が凄いですよね。

マックでもお馴染みの玉ねぎのスライス。
そこにプラスしてベトナム香草が入っているわけですよ。

なんともいえない異文化共生感?っていうんですかね。
食文化のフュージョンを感じさせられます。

このベトナム香草ってなかなか強烈なアクセントを持っていて。
料理に入れるといきなりエスニック風味が増すものだと思うんですよね。

ベトナム食文化=香草

みたいなところがありますからね。
ベトナムの香草を料理に入れておけば、なんとなくベトナム料理になってしまう。みたいな。
そんな現象があるわけです。

今回のフォーバーガーはハンバーガーって言う洋風の食べ物に香草をプラスすることで、見事にベトナムっぽい風味を作り出すことに成功しているんじゃないかな。
そんな気がします。

それからハンバーガーのソース。
これもなかなか面白いんですよ。

ひと口食べたときに

え!?ほんとにフォーの味だ、、、

って笑っちゃったくらいです。

まぁベトナムで生活している身としては

フォーが味わいたいのなら素直に近所のフォー屋へ行けばいいじゃん

っていう話で。

わざわざマクドナルドでフォー味のハンバーガーを食べる意味は無いわけですけど。

とにかくですね。このソースのクオリティーはすごい。
本当に凄いんですよ。

少なくとも何も知らない状態でこのハンバーガーを食べさせられて

どうだった?

って聞かれたとしても普通に

いや、、フォーの味だった。

って返しちゃうだろうなぁ。ってクオリティですからね。

この味は間違いなくフォーです。
いや。というか、正確にはフォーのスープ味ですね。

このフォーバーガー。
メニューの写真を見てみると、香辛料がハンバーガーと一緒に写ってるんですよね。
多分
・クミン
・クローブ

じゃないかなぁ。

フォーのスープを作るときに使う香辛料をソースに入れることによってフォーっぽい味を再現することに成功している。
そういうことなんでしょうね。

このハンバーガーってベトナムよりも日本とかアメリカとか。
海外をターゲットにして売ったほうが流行るかもしれないですね。

日本のテリヤキバーガーも結構海外で売られているところが多くて。
いろんな国で受け入れられている味になっちゃった感があるんですけど。

それの新ラインナップとして「フォーの味」っていうのも面白いんじゃないかなぁと。
そう感じました。

ってうのも。フォーの味って単純においしいんですよね。
牛骨の出汁が効いていて。
なんというか。
ボクの中では豚骨ラーメンに匹敵するくらい美味しい。
毎日でも食べたくなる系のフレーバーです。

で。このメニューではそのフォーの味って言うのがちゃんと再現されていたって思うので。

海外で販売してみたら意外に「オッ」っていう結果が出るかもしれないなぁと。
そう感じました。

ただ、このフォーバーガー。
あまりにエスニック感が強すぎる
っていうところがあるので。
そこについては「どうかなぁ」って思うところもありますけどね。

日本の照り焼きバーガーって、ちゃんとハンバーガーとして西洋文化、というかアメリカ食文化に馴染めてる感じがあるじゃないですか。

フライドポテトとかコカコーラにもちゃんとマッチしているというか。
普通にアメリカ料理としてのハンバーガーの仲間入りができている。
そんな感覚があります。

このフォーバーガーはベトナム的な個性が強すぎて。
ベトナム料理を食べているのか、アメリカ料理を食べているのか、わからなくなっちゃうところがあるんですよね。

フライドポテトとコカコーラと一緒に食べたいなぁ

そんなふうに思えるバーガーにまで進化してくれたら強いと思う。

日本のマックでこのハンバーガーが売られていたらどうかなぁ。
ボクだったら結構、定期的に食べに行くかも。

日本人全員が貧困になったとしても、コロナ対策は徹底するべきだ

・コロナにかかって死ぬ人
・コロナで失業して自殺する人

この2つを天秤にかけてコロナ対策を考えている人が多い気がするんですけど。
ボクはこういった考え方ってあまり好きじゃないんですよね。

って言うのも、これはコストパフォーマンスを軸にした考え方でしょう。
A案とB案を見比べてみて、どちらの方がメリットが大きいか、そしてデメリットが大きいか。
こういった思考で物事を判断していく。
そういった行為なんだと思います。

でもですね。
こういった伝染病の蔓延みたいな話っていうのは経済とかビジネスとはそもそも性質が違うわけだから。
コストパフォーマンスで考えて、物事を決定してはいけないと思うんですよね。

だって人命が関わってくる問題なわけですからね。

右の道へ行ったら100人が死ぬけど、左の道へ行ったら5人の死者で済む。
だから左の道へ行くべきだ。
だってそのほうが得だから。
メリットが大きいから。
コストパフォーマンスが高いから。

こういった考え方っていうのは人の命が関わる案件ではやってはいけないんじゃないかなとボクは思っちゃうんですよね。

コロナにかかって死ぬ人

これって自業自得じゃないですよね。
だってちゃんと対策をして、病気が蔓延しないようにしていれば、この人は死ぬ事はなかったわけでしょう。

だからこれは自業自得じゃなくてまさに犠牲者なんだと思うんですよね。

コロナによって職を失って自殺する人

いやこういうことが実際に起きているとしたら、もちろんそれはとても悲しいことだと思いますよ。本当に。

ただこういった人たちがどうして自殺するのか?って言う原因を考えると。それは「周りの人に頼ることができないから」なんじゃないかなって思うんですよね。

どういうことか?というと。

例えば地震が来たら家がなくなったりするわけですよね。
日本っていつもそういうリスクが発生しうる国なわけです。

で。そんな時に家がなくなって惨めな生活をしなければならない人っていうのはたくさんいるわけですよ。

でもこういった人たちって仕事がなくなってお金がないから自殺する人とは違って、自殺はしないわけです。

むしろけなげに生きているというか。
生き残った者の使命として、よりいっそう頑張りたい、って言う気力を感じるというか。

そういった姿が日本人のみならず世界中の人を感動させたりしているわけじゃないですか。

経済的困窮っていう要素は同じであっても、
「地震で家を失う人」と「コロナで家を失う人」
は自殺するか?しないか?と言う点では全然違うことをしてしまうわけです。

どうしてでしょうね?

ボクはこれって
プライドの問題
だと思うんですよね。

つまり地震が来て家を失う場合って、自分だけじゃなくて周りの人たちも一緒になって大変な思いをするわけじゃないですか。

周囲の人たちも含めてみんなで一丸となって困難に立ち向かっている時には、日本人ってかなり頑張れるわけです。

だけど自分だけ仕事を失うみたいな、自分だけが惨めな状況には耐えられない。
都会で孤独にホームレスのような生活をしなければならないような状況。

それって今の時代では全て「自己責任」って一言で片付けられて。
誰も助けてくれないわけじゃないですか。

だから精神的に耐えられなくなって自殺しちゃう。
そういうことだと思うんですよね。

これっていわばプライド自殺とでも言えるんじゃないかなぁ。

でも考えてみたら今回のコロナ騒動っていうのは誰に責められるものでもない不可避なものじゃないですか。

突然、こんな大変な状況が訪れて、何の準備もできていないものだから明日から生きていくことができない。
そんな人が増えてしまうのは当たり前のことだと思うんですよ。

だから本来的には今回のコロナによって経済的困窮になってしまった人っていうのは、周囲の人に助けを求めたらいいんじゃないか、って思う。

だってこんな状況で、
お米分けてください。味噌分けてください。
こんな話って全然通る話だとボクは思うんですよ。

もしかしたら
1週間だったら家に泊まってもいいよ
なんて言ってくれる友達が出るかもしれないですよね。

ボクは友達がいない

確かにそんな人もいるかもしれないけど、じゃあ国に守ってもらえばいいじゃないですか。

生活保護を申請すれば今の時期だったら絶対通るんじゃないかな。と。
そう思っちゃうんですよね。

いや、わかるんですよ。
今のご時世に「人に助けを求める」っていうことが、どれだけやり辛いことなのか?っていうことは。

日本人はいつの間にか冷たくなってしまったんでしょうね。
「自己責任論」が強くなりすぎちゃったっていうか。
助け合いの気持ちがなくなって来ちゃったのかなあ。

まぁ。むしろ今回のコロナ騒動っていうのはここまで冷たくなりすぎてしまった日本人の心にガツン!と鉄槌を与えてくれるもの。
そんな風に捉えた方が良いのかもしれないですけどね。

とにかく人命に関わる案件でコストパフォーマンスや経済を軸にした考え方をする事はボクは反対です。

大切なのは気持ちであって、お金じゃないと思うからです。

これはすごい極論ですけど。
たった1人のコロナ患者を救うために日本人全員が貧困に陥る
それでもいいんじゃないかな、とボクは思うんですよね。

なぜか?っていうと。
それはボクが
コロナ問題は経済の問題じゃなくて精神や気持ちの問題だ
って認識しているからです。

だってみんなが貧乏になったら助け合わざるを得ない世界になってくるでしょう。

今までずっと自己責任の時代が続いて、自由だけど孤独で誰も助けてくれない。
そんな世界でみんな頑張って生きてきたわけじゃないですか。

もうそろそろ限界じゃないですかね。
ぶっちゃけみんな寂しくないですか?

ボクは正直、結構寂しいですけどね。
日本で生活していると。

ベトナム人はなぜ愛想笑いをしないのか?

ホーチミンに住んでいると、バンコクが近いのでたまに遊びに行くことがあるんですけど。
タイに行く度に驚かされるのがなんといっても「タイ人の笑顔」ですね。

微笑みの国って言うキャッチフレーズはやっぱり伊達ではないなぁ、って。
そう感じるんですよね。

タイ人の笑顔は本当に凄い。

たとえ建前の接客笑顔だってわかっていても、日本人としてはうれしいものがあって。
タイに行くとなにか心をホッとさせてくれる感じがあります。

っていうのもベトナム人って全然笑ってくれないんですよ。

たとえば屋台で食べ物を買ったりするじゃないですか。
そんな時にちょっとニコっと笑ってもらえるだけでベトナムの印象ってすごく良くなるものだと思うんですけど。
ベトナム人ってほんとにそういうことをしない民族なんですよね。

これは本当にベトナムに来た日本人旅行者からよく言われる話で。

ゆーさん。ベトナム人ってほんとに笑わないね

うーん。東南アジアの国ってベトナム以外は愛想が良い国が多いですからね。
そういうイメージでベトナムに来てしまうと

なんだ。この人たち愛想ないなぁ、、、

そんなふうに感じてしまうのも無理はないんだと思います。

まぁベトナム人が初対面の人に対して笑わない民族であるって言う話は事実だと思うので。
こういうことを言われちゃうと、ボクとしても苦笑いするほかなくなってしまうわけですけど。

ベトナム人がどうして笑わないのか?
この問題についてボクが分析した結果を話すと。

自分の感情に嘘がつけない国民性だから

これが原因として挙げられると思っています。

ベトナム人って自分の気持ちに嘘をつかない民族だと思うんですよね。

まぁ。誰だって本音で生きている部分と、建前で生きている部分の2つの自分っていうのが存在しているわけじゃないですか。

日本人の場合は建前で生きている部分が強いですよね。
だから本音が見えづらい。

結構いつでもニコニコしていたりしますからね。日本人って。

外面だけでは何を考えているか全く評価できないのが日本人の特徴なんじゃないかなぁ、と。
そうボクは思っているんですけど。

ベトナム人はこの逆なんですよね。
つまり本音で生きている分が強いっていうことです。
だからその人の気分とか機嫌なんかがとても素直に表現される。

顔に感情が露骨にでているので、ある意味すごくわかりやすい人たちなわけです。
だってそのまんま本音で生きているわけですからね。

いやいや。そうはいっても仕事の時はどうなのよ?
本音を出して感情そのままにしていたら仕事なんてできないでしょ

まぁ確かに日本人的にはそんなふうに考えたくなるところではあるんですけど。
ベトナムでの常識はちょっと違うんですよね。

ベトナム人の接客態度ってその時の機嫌で大きく変わってくるんですよね。
喫茶店でコーヒーを飲む時だって、
まぁ。ウェイターのお姉ちゃんはの顔を見れば、その日の機嫌がいいか?悪いか?は一目瞭然といった感じ。

超わかりやすく顔に出ているので1発で分かってしまうってくらいのものです。

機嫌が悪い時は「八つ当たりか?」って位の態度で接客してくる人も多くて。
こういう人に当たってしまった時は「今日は運が悪いなぁ」と思ってやり過ごすほかはない感じ。

嫌なことをスルーする力っていうのはベトナムで生き抜く上では必須のスキルなわけです。

まぁ逆に機嫌が良い時は屈託のない満面の笑顔で接客してもらえる。なんてケースだってあるわけだから。
それはそれで、プラマイゼロとして自分を納得させるほかないんですよね。

この自分の感情に嘘をつけない
っていうベトナム人の性質なんですけど。
ボクは個人的には割と好きなんですよね。

なんか、お客さんと店員って言う典型的な上下関係から外れたところで、人間と人間としての関係を築ける。
そんな平等感が感じられるからです。

日本での接客っていうのはホスピタリティーがあって、レベルも高くて、とても素晴らしい物があると思うんですけど。
その分お客さんと店員の間には上下関係っていう、とっても大きい仕切りがひかれちゃっているわけじゃないですか。

それで店員さんと仲良くなろうと思っても、分断されちゃっているもんだからなかなか仲良くなれない。
そんな問題点もあると思うんですよ。

そういった垣根がないので店員さんに気軽に声をかけたり仲良くなったりできるのがベトナム人の良いところ。

喫茶店でかわいい女の子が働いていたら、
キミ可愛いね。電話番号教えてよ
なんて事は地元のベトナム人同士でよくやっている光景です。

ベトナム人には多分プロフェッショナルとしての接客、立ち振る舞いはできないんだと思うんですよ。

笑いたくない時にどうして笑わないといけないの?

そんな感覚が彼らの中にはあって。
いくら仕事だからと言って自分の感情まで切り売りはしないというプライドがそこには見える気がします。

その結果外国人から見るとそれが無愛想に移ってしまうんだと思うんですよね。

でもそれって逆に言うと彼らが笑ってくれる時は間違いなく本音で笑ってくれている時だって言うことも言えると思います。

嘘の笑顔がないって言うのは実は結構人間関係を楽にしてくれるものだと思っていて。

シンプルに
笑いかけてくれる人=自分のことが好きな人
になっているベトナム社会では人間関係が築きやすいって感じるんです。

だって裏を読む必要がないですからね。

ボクに笑いかけてくれる店員さんがいる。ちょっと声をかけてみよう。

そんな気軽なアクションで友達がどんどん増えていくのが、ベトナム人的なコミュニケーションだと思うんですよね。
この気さくさがボクは大好きです。

「YouTubeの広告がうざい」と思う人へ。ボクの対策を教えるよ

掃除してる時とか料理してる時とか。
体を動かしてはいるんだけど。
なにか他にも、もっとできることがあるんじゃないかなぁと思って。

もっと効率的に時間を使いたいなぁ
なんて考えていたら、YouTubeを聴きながら料理すればいいじゃんってことに気づいて。

今はワイヤレスのイヤホンがありますからね。
それをつけて何かしらの教養番組をYouTubeで聴きながら料理をするっていうのが習慣になってきました。

家事をしている時に聞くチャンネルって割と長時間のものがマッチしてると思うんですよね。

なにかしらの業界の専門家が1時間位かけてダラダラとしゃべっている。みたいな。
そういうのをBGMにしながら家事をするのがいいじゃないですか。

割とゆるゆるな感じで。
まぁ。ちょっとくらい聞き逃したって内容の理解に問題が出ないくらいのやつです。

あまりガチな番組だと図とか表を使って説明してたりもするので。
そういうのって画像を見ながら聞かないと理解できない話も多かったりしますからね。

で。実は今こんなライフスタイルの人ってボクは増えている気がしているんですけど。

こんなふうに家事をしながらYouTubeを聴いていると
広告がめちゃめちゃウザい、、、
ってことに気づく人も多いんじゃないかなと思っています。

YouTuberさんにもよるんでしょうけど、メチャメチャ広告が多い方もいらっしゃるじゃないですか。

なんか下手すると7分に1回ぐらいは広告のスキップ、「5秒後にスキップできますボタン」みたいなのを押させられている気がするんですよね。

家事をしてる時って水で指が濡れていたりすることが多いわけですよ。
料理にしろ、掃除にしろ。

で。そんな時に携帯を置いてある場所まで戻って、広告をスキップのボタンを押しに行くっていうのは正直メチャメチャめんどくさいと思っているんですよね。

指が濡れてますからね。
濡れたままの指で携帯にタッチしても反応しなかったりするから、タップする前に指も服とかでゴシゴシって拭かないといけないわけですよ。

本当にめんどくさい。
めんどくさいの極致です。

いや別にYouTuberさんに文句が言いたいわけじゃないんですよ。
だってYouTuberさんは今そういう広告収入のシステムで生計を立てているんでしょうから。

それって自分からは変える事はできないわけだし。
まぁしょうがないじゃないですか。

だから別にYouTuberさんを責めるつもりがあるわけじゃないんですけど。

ボクがここで言いたいのはユーザー側から見たYouTubeの使い勝手の話です。
ほんとにそれ以上でもそれ以下でもないんですよね。

で。
広告うざいなぁ
って思いながら毎日YouTubeを聴いている人間としてはやっぱり対策考えるわけじゃないですか。

Clipbox+

Clipbox+
開発元:KGC
無料
posted withアプリーチ

そこでボクが考えついたのは
Clipboxに見たい動画があったらとりあえずダウンロードしておいてまとめておく。
それで家事を始めるときにはクリップボックスに保存してある動画を聞くことにする。

っていうものです。

動画を最初にダウンロードしておかなきゃいけないっていう手間があるのが嫌なところなんですけど。

気になる動画があったらとりあえずクリップしておく

この習慣に慣れることができればこのやり方は非常に効率的だと思います。

大体。あの「広告のたびに待たされる時間」って累計すると結構なものだと思うんですよね。

それがまるっと削除できるっていうことなわけですから。
この一手間にはかけた時間以上の意味があると思います。

YouTubeはいつもClipboxで視聴するようにする。
そして動画は直接見ずに必ずダウンロードしてから見る。

この習慣を身につけておくだけでけっこうな時間の節約になるんじゃないかな、と思ってるんですけどね。

ボク的に1番おいしいミルクティーの淹れ方

いや。別にボク自身がものすごい紅茶通であったりとか、ミルクティーを極めてるってわけじゃないんですけど。

最近ちょっと奮発してイングリッシュブレックファーストの紅茶を買ったんですよね。
それで、どうやって飲むのがおいしいのかなぁと思って。
ネットで検索していたらなかなか個性的で面白い記事を発見したんです。↓

ミルクティーの茶葉はイングリッシュブレックファーストが絶対におすすめな理由

この記事を書いた人。
プロフィールを見てみるとどうやらインドのアッサムに住んでいるらしいです。
なかなかガチの紅茶マニアみたいですねぇ。

ブログの文章自体も割と自己主張が強めで個性的。
こういった文章を書く人、ボクは好きなんですよね。

で、この記事に書かれた通りにミルクティーを入れてみたら、思ったよりおいしく飲めてしまったので、彼流の淹れ方をシェアしようと思ってこの記事を書きました。

彼の意見を要約すると
イングリッシュブレックファーストはミルクティーを飲むためのブレンド

だとのこと。
ということは、おいしいミルクティーを飲みたかったらイングリッシュブレックファーストの紅茶を買わないといけないってことですね。
ふむふむ。

ボクはバックパッカーとしてよくインドに行ったりするので、
いやいや。ミルクティーといえばばインドのチャイ。アッサムティーなんじゃないの?

なんてツッコミを入れたくなったりするわけですけど。

なんといっても彼はアッサム在住の紅茶マニアなわけですからね。
その彼がアッサムよりもイングリッシュブレックファーストの方が合うって言ってるわけですから。
そりゃあその意見の方が正しいんでしょう。
わざわざ釈迦に説法をする必要はないですからね。

さて、彼流のミルクティーの入れ方のポイントは
1.茶葉は普通量の2倍を使用する
2.紅茶とミルクの比率は2:1

紅茶を入れるときの温度とか、ミルクの種類とか、こだわりポイントを深掘りしていけば他にもいろんなポイントが出てくると思うんですけど。
超大雑把に解説すると、こうなると思います。

ボクが飲んでいるのはDILMAHのイングリッシュブレックファーストなんですけど。

ティーバック1つで220mlって書かれているので、120mlのお湯で抽出して、60mlのミルクを合わせています。

まぁミルクといってもボクは節約のために粉ミルクを使っているのでフレッシュミルクではないんですけどね。
でも粉ミルクであれば濃度の調整が簡単ですからね。
簡単に特濃ミルクが作れちゃうって言うメリットもあるんじゃないかなと思っています。

渋み、というかクセの少ないイングリッシュブレックファーストを思いっきり濃く淹れる。
そこに濃厚ミルクを合わせることで、なんともリッチなミルクティーが出来上がるんですよね。

朝のひとときを幸せにしてくれる。
そんなイギリスちっくなミルクティーを入れたい人にはこの入れ方。
結構オススメです

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紅茶のイングリッシュブレックファーストが高い理由

イングリッシュブレックファーストって高くないですか?
ボクの近所のスーパーでも何種類か売られているんですけど。

例えばリプトンを例にして話すと、普通のイエローラベルが1箱150円なんですけど。
イングリッシュブレックファーストの場合は1箱で300円

なんと2倍の値段で販売されているわけです。
2倍ってすごい違いですよね。
あ、もちろん入っている茶葉の量は同じですよ。

それにボクが大好きな紅茶のブランドはDILMAH なんですけど、このブランドでも普通の紅茶と比べてイングリッシュブレックファーストが高いのはやっぱり同じ。
値段はリプトンと同じく2倍位の設定になっています。

イングリッシュブレックファーストって何か赤色を基調とした箱で販売されているイメージで、なんとなくイギリスっぽい。
ちょっと高級感が漂うパッケージになっているんですよね。

ただ値段が普通の紅茶と比べて2倍も違うって言うのはあまりに開きすぎていると思って。
どうしてそんなに高いのか?
理由が気になったのでネットで色々と調べてみました。

イングリッシュブレックファーストが高い理由は、どうも2つくらいあるみたいです。


①高品質の茶葉を使っているから

確かにイングリッシュブレックファーストと普通の紅茶を飲み比べると味は全然違うんですよね。
やっぱり普通の紅茶よりも渋みがなくてクセがない。

つまり何か、飲みやすいんですよね。
スーっと入ってくる感じ。
それでいて、紅茶の味がしないってわけでも当然なくて。
紅茶本来の味?ってやつですか。
それが味わえる感じです。

普通の紅茶と飲み比べると明らかにおいしいので、最近はボクもこればかり飲むようになってしまったくらいです。

まぁ値段が高いって言ってもティーバック1つあたりの値段で計算したら15円ですからね。
充実したティータイムのためには全然払える値段です。

ボクなんかは1日の中で紅茶を入れるのはたったの1度だけ。
晩御飯を食べた後のリラックスタイムって自分で決めているんですよね。

だからティーバッグ1つの値段が8円だろうと、15円だろうと、まぁそんなに気にならないレベルなんですよね。

どうせ外で缶コーヒー買ったら100円くらいは払うわけだし。

②いろんな茶葉をブレンドしているから

そもそもイングリッシュブレックファーストって英語を日本語に翻訳したら
イギリスの朝ご飯
になるわけですよね。

つまりイギリスのお茶文化で飲まれている紅茶のことだと思うんですけど。
考えてみると、イギリスのお茶といえばブレンドティーのイメージがあります。

っていうのも、イギリスの高級ブランドの商品を見ていると本当にいろんな紅茶のブレンドが売られていますからね。

ボクがホーチミンの高島屋に行った時に、面白いなぁと思ったのが芸者さんのイラストが入ったトワイニングブランドの茶缶。

こんなのもあるんだぁ
って感心しちゃいました。
あれってもしかして緑茶が入ったブレンドとかなのかな?

イングリッシュブレックファーストには
・スリランカの紅茶
・インドのアッサムティー
・ケニアの紅茶

大体安い商品であってもこの3種類をブレンドしているらしくて。

さらに高級な商品では
・中国のキーモン茶
を使っているものもあるみたいです。

ブレンド技術を駆使することによって飲みやすい紅茶を作り出す。
それがイギリスのイングリッシュブレックファーストなんでしょうね

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