死んだ人にすら厳しい!日本人は全然優しい民族じゃないでしょう

どーも。ベトナムで8年ぐらい生活しているゆーです。
日本語でネットサーフィンしていると、あまりにも優しくないコメントが目につく気がします。
それは特に犯罪やルールを犯してしまった人たちに対してですね。

犯罪を犯した人はどんな目にあったってまだ足りない。
たとえ死ぬところまで行ってしまっても、「さらに死体を蹴り続けるような人」が増えている気がします。

では外国人だったらどんなコメントをしているのか?
犯罪を犯してしまった結果死んでしまった人たち
それに対する一般的なコメント傾向を紹介することにしましょう。

ボクは普段から日本人は本当に優しくない人たちだと感じています。

ベトナムでは犠牲者に対するコメントの第一声は「南無阿弥陀」

ボクはベトナムで生活していて、ベトナム語の通訳者でもあるのでベトナム語を読むことができます。
そしてボクのベトナム関係の情報収集源は多くがFacebookからです。

ベトナムっていうのはFacebookがとても盛んな国で。
若い人たちも新聞やテレビで情報収集するんじゃなくて、Facebookのニュースフィードで時事を勉強している人が多いわけです。

ベトナム人っていうのは日本人よりも自制心に欠ける感情的な民族なので、言葉を選ばずに言うとよく犯罪を犯しています。

最近で言えば
・日本のドラッグストアで大量の商品を窃盗
・コンテナに乗ってイギリスに密入国したベトナム人が凍死
なんてニュースがありました。

最近はベトナム人労働者が日本に来ることも増えているので、これらのニュースに対して反感を持つ人も増えていると思います。
それ自体は適切な防衛反応だと思うし、ボクだって自分の国をめちゃくちゃにされたいわけでは無いですから、これらの事件を非難したくなる人の気持ちはよくわかります。
ただその件はちょっと置いておいて。

今回の記事ではこういった犯罪を犯した結果、「死ぬ」と言う究極的なところまで行ってしまった人たちに対するベトナム人のFacebookユーザーのコメントについて話していきたいと思います。

彼らの反応はとても素直でシンプルなものです。
一応ベトナムは仏教国なんですけど、死人が出てしまった際のコメントは大体決まっています。

南無阿弥陀仏
(ベトナム語でA Di Đà Phật)
これです。

もちろんその後のコメントには
・ベトナム人の民度の低さを嘆く書き込み
・他人の国でなにをやっているんだ、という批判

こんな批判的な言葉を書く人も多いわけですけど。

基本的なベースにある感情は同情。
生きているのならまだしも死んだ人に対してそこまで攻撃をしてはかわいそうじゃないかと言う気持ちが透けているように見えます。

日本の悪い点は精神レベルの低さ

一般的に先進国と後進国と言う2つを比較した時、ボクは

先進国=物質的なものを大切にする国
後進国=精神的なものを大切にする国

と言う図式が成り立つと思っています。

だってそうですよね。
どの国にだって大切にしているポイントってのがあるわけです。

物質的なもの(最たるはお金ですが)を大切にしているからこそ先進国は発展し、より物質的に豊かになったわけです。
金こそが正義。「お金さえあれば人の気持ちだって操ってしまって良い」と言う思想が強いのが先進国の特徴です。

そしてその逆は後進国。
彼らは自分の気持ちを何よりも大切にしますから、やりたくない仕事は絶対にやらないし、お金がもらえるからといって自分の感情を捨てて媚びるなんてことをしません。
全てにおいて、金よりも気持ちが優先されるわけです。

まぁだからこそ後進国は永遠に後進国で。
いつもお金がなくていつも困っている、、、
そんな事は同情できない事実でもあったりするわけですが。

ひるがえってボクたち日本人を考えたときに、この精神的な豊かさについて学ぶ事はとても意味があることなんだなぁと感じているわけです。

日本人の精神的貧しさは異常なレベルに達しています。
死んでしまった人に対して並んでいる辛辣なコメントなんてのはまさにその一端。

金やルールのみを優先してここまで冷たい人たちになってしまっていいんでしょうか?
ボクはダメだと思います。

日本人のどこが優しいのか?

最近日本からビジネスで進出してくる人たちに会うことがあるんですけど。
こういった人たちの中には「日本人は優しい民族だ」なんて勘違いした意見を言っている人が多い気がします。

でもきっとこれは間違っています。
世界にはいろんな国があって、それぞれに良さがあるんです。
そしてその国の良さっていうのは何かを大切に思う人の気持ちによって成り立っています。

日本は経済大国ですよね。
きっとそれは物質的なところを大切にして、お金や経済を重要視する人の思いによって成り立っています。
だから日本人は物質的に豊かだし、他の国に比べてお金に困らない。
それでいいじゃないですか。

逆説的に言えばじゃあ日本人は

経済力がある
人の気持ちも大切にする

そんな完璧な民族なんでしょうか。
そんなわけがないんですよね。

人の気持ちを大切にするという性質は必ず経済を崩壊させます。
そしてその逆に経済を優先させると必ず精神的には貧しくなっていく。

これは世の中の摂理のようなものであり、二者択一ですから、どちらかを選択するほかはありません。
いいとこ取りで両方もらってしまおうなんて事は絶対にできないことなんですね。

自国の経済力を誇りに思うのであれば、それは精神的なレベルの低さを認めるのと同じことです。

途上国に来ると全てにおいて上から目線になってしまう残念な人がいるのですが、それは絶対に間違っています。
彼らの精神的な豊かさは日本人の想像できないレベルで発展しています。

そのことをいつまでたっても勉強しないから、
死体蹴りをしながら日本人は優しい民族だなんてことを言う
そんな、とんちんかんな意見が飛び出してくるんです。

せめて死人にはまず追悼の念をしめそうよ

精神的に豊かな途上国の人たちに比べて、日本人はどうしても物質的になりがちで精神レベルが低くなってしまうという傾向があります。

これは国の特性によって成り立っていることですから、ボクらがこの「優しさ」と言う土俵で戦っても彼らに勝つ事は絶対にできません。

でもそれはしょうがないこと。
途上国の人たちだって自分の気持ちを優先させて、お金をなめているくせに、その実お金が欲しくて欲しくてたまらなかったりするものなんですから。

でも今現在のこのグローバルな世の中。
せっかく世界はつながっているんですから、途上国からだって多くのものを学ぶこともできると思います。

犯罪者であっても、ルールを破った人であっても、「死」って言うペナルティーはあまりにも大きすぎると思いませんか?
もちろん、そう思えた人も、思えなかった人もいると思います。

でもとりあえず最初のコメントくらいは「ご冥福をお祈りいたします」と書いて欲しいんです。
そんな優しさを少しでも手に入れてくれたら、優しくない日本人も少しは優しくなるんじゃないかなと考えているんです。

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yusan

ホーチミン在住7年。元ベトナム語通訳です。日本で働くベトナム人に質の高い教育を施してあげたい。日本に良い人材を送りこみたいという気持ちで教育事業を行なっている日本語教育のプロです。ベトナム人材についてのご相談はボクのメールに直接どうぞ。

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