新元号「令和」の時代は終わりの始まり!令和に起きることを予言します

新年号令和。人の名前がその人の人格に影響を与えるように、元号はその時代を象徴した意味を持ちます。そこで今回は令和の時代に起きるであろう事柄を予言しつつ、ボクなりの解説を試みようかと思います。

 

 

 

 

女性の活躍!それが令和時代の本質

令和とは読んで字のごとく「0の和」を表しています。これは今まで戦後日本が培ってきた「和」がなくなり、0になっていくという時勢を表現していると言えるでしょう。

日本の年号における「和」という漢字はコミュニティや結束を表すとともに日本国の資産も意味しているわけですが、これが一度崩壊する、という流れの時代になるでしょう。

国際的な流れを読んでも、女性の活躍が一層の賑やかさを見せることは間違いないのでしょうが、女性の持つエネルギーというのは崩壊を意味し、男性の持つエネルギーは発展を表すことから、女性の社会進出や女性的な国(発展途上国)の躍進により戦後日本が培ってきた財産や道徳心が混沌とした状況になり、やがて崩壊する流れが読み解けます。

そこにはいい面も悪い面もあるので、悲観的な目線を持つ気持ちはないのですが、終わりの始まりを意味する年号の発表。その立役者となるのは女性であることは間違いがありません。

さて、男性エネルギーだの、女性エネルギーだのという少し聞き慣れない単語が出て来ているので、この男性エネルギーと女性エネルギーについて少しの解説をしようと思います。

ここでは例として「コミュニティ」というものを読み解いてみることにしましょう。

コミュニティを作るのは男性と女性のどちらでしょうか?これは男性が正解です。

善悪の話でなく、男性はコミュニティを作り、女性はそのコミュニティを破壊する役割を担ってこの世に存在しています。

だから男性的な国(先進国)は結束が固く、経済的に強い地位をもち、女性的な国(発展途上国)はまとまりがなく、経済的に弱者になる構造があるわけです。

国にしても個人にしても同じことが言え、女性的な人、女性的な国は個人として強く、団体としては弱くなる傾向にあるのはこの構造が関係しています。

コミュニティ、共同体は男性が作ります。プロフェッショナルで専門性を持つ人間の集まりによりコミュニティは発祥し、コミュニティが広がるにつれて感情的な女性を迎え入れることで崩壊を迎える摂理がそこにはあるからです。

今の日本で男女平等が叫ばれているのはそのことが要因です。日本人男性によって作られた会社とそれに付随する利益、それを女性にも平等に振る舞おう、という流れが起きています。

しかしそれは本当に正しいことでしょうか?

ボクにはそれが大きな矛盾をはらんでいる感覚があるのです。

戦後日本の経済を牽引したのは男性であり女性ではありません。ボクはあげたくない。女性に男性と同じ地位を。

このボクの意見を差別的に感じる人がいるとすればそれは認識がズレています。

なぜズレている、と断言できるのか、それは以下の検証を読んだ上で理解していただきたいと思います。

 

 

 

 

女性の社会進出は本当に善か!?

日本の男性によって作られた利益を女性にも分配しようという流れは国内完結的な近視眼で見る限りにおいては正しい気がします。女性だって日本の一員だ、平等に分配して然るべきだろう、という考えですね。

しかし事の本質はもう少し複雑です。

なぜならこの風潮の本質は

女性エネルギー>男性エネルギー

となっているところにこそ存在しているからです。

この話は、当然もう少し大きな概念で物事を捉えても、同じような構造が見え隠れするわけですが、より具体的に表現する時、国と国の関係に目線を合わせて見るのはどうでしょう?

現在の世界の流れが

女性エネルギー>男性エネルギー

となっている以上、当然

女性的な国(発展途上国)>男性的な国(先進国)

となることになります。

最近途上国の人間が日本や欧米で出稼ぎに来ていますね。

これはその流れの象徴ですが、彼らこそが日本という男性的な国が培ってきた財産や和を崩壊させる直接的な要因です。

日本の男性的なエネルギーによって作られた財産や素晴らしい風景、それらを自分たちにも分けてくれ、と言って進出してくるわけです。

彼らは法令遵守の精神や自制心などがありません。それは本質的に女性的な人たちだからです。感情的な判断をし、もらえるものはなんでももらっていくことでしょう。

日本というコミュニティの崩壊、そして移民の増加。

そんな日本の将来が、多少なりとも想像ができないでしょうか。

想像ができるというのであればその点においてあなたの認識はズレていません。

 

 

 

 

新年号をお祝いするのではなく覚悟するべき

さて、話を戻しますが、途上国の人間が先進国の富を奪っていくという構造は日本男性の富を日本女性が奪って行くことと同義です。

日本の富を女性に分配するということを良しとする人は途上国に食いつぶされる日本を想像することと同じ、ということが言いたいわけです。

(あー、なんか文章長くなって疲れてきた、、、(˙˙ )モグモグ)

新年号の令和。和がゼロになって行く日本。

これを無理矢理にいい意味として捉えてはいけないと思います。

一度発生した大きな時代の流れは変えることができないからです。

それよりももっと大切なことはこの厳しい時代のスタートをしっかりとした現状認識を持って覚悟するという気概ではないか、と感じるのです。

令和は厳しい時代なのですから

 

 

 

 

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yusan

ホーチミン在住7年。元ベトナム語通訳です。日本で働くベトナム人に質の高い教育を施してあげたい。日本に良い人材を送りこみたいという気持ちで教育事業を行なっている日本語教育のプロです。ベトナム人材についてのご相談はボクのメールに直接どうぞ。

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