ボクは上野千鶴子さんのスピーチは「毒にも薬にもならない」と思う

東大入学式で行われた上野千鶴子さんのスピーチが話題になっていますね。
・男女差別
・弱者に対する優しさ
この2つをテーマにしているスピーチであるとして、その上での分析がネット状に広がっているわけですが、ボクは彼女のスピーチを高く評価することはできません。
問題提起だけをすることは誰にでも簡単にできること。
その問題に対する明確な解決法を示し、さらにその解決方法を行った場合の問題点を示さなければ具体的な行動には繋がっていかないものだからです。
ただ「新入生の心を動かした」だけでは意味がないでしょう。

問題の本質は「日本で思想信条の自由が認められている」こと

世界でも日本人は特に経済的弱者、つまり貧困層や現在弱い立場に置かれている人たちに対して厳しい国のようです。
ボクは外国で長い間生活していますが、たしかにこれは感じます。
外国人、と一括りにもまとめられるものではありませんが、彼らには弱者に対するボランティア精神や、貧困に陥ってしまった人たちに向けてのいたわりの気持ちを感じることが多いからです。

日本人が抱きがちな
「自分で好きにやって貧乏になった人は、知ったことではない」
という感情とは真逆のもの。慈悲の思いが強くある人が外国の人には多いんですね。

日本人は津波が来て、被災地域のニュースを目にすると「かわいそう」と感じるでしょう。
ただそれは一時的な感情で、1年もすれば忘れてしまうのです。まだまだ復興が終わってない地域が多く残されているにもかかわらず。
きっと自分の生活を守ることに必死で弱者に目を向ける余裕がないんでしょう。

ただ、この日本人の冷酷さについて色々と意見を言うことはムダな時間です。
根本的な解決法を持っていない人間の意見は場に混乱をもたらすだけだからです。
なのでボクはこの問題に対する明確な解決法をここで書きます。

この日本人の弱者に対する冷酷さは日本人の精神的自由度の高さによって発生しているものだとボクは考えています。
日本人から思想信条の自由を奪いさえすれば、弱者に対する慈愛の念は必ず芽生えてくるものと思います。

日本人は異常なほど他人の精神活動に干渉しない

イスラム教徒の相互扶助の精神や欧米人のボランティア精神は素晴らしいと思います。
ボクの住んでいる国はベトナムですが、ベトナムにもそんな活動はありふれているわけですね。
普通の街角のレストランが採算度外視でお金がない人に炊き出しを行う。そんな活動は日常の風景で、日本人のボクがご飯をもらいにいっても嫌な顔をされることはありません。

金だけを追い求めて卓上調味料の消費率まで計算に入れた経営を行う日本の飲食店には思いつきもしないことでしょうが、問題はなぜ日本でそのような善意の行動が成り立たないか、ということです。
それは日本という社会において精神活動の自由度が高過ぎることに起因していると考えます。

日本人はみな、外見的な意見を非常に気にしますが、内面的な意見に関しては決して干渉をしません。
つまりボクらがみんな持っている
「他人が何を考えて、何を大切にしていようとそれはその人の自由」という考え方です。

ただ、その他人の精神的な自由を尊重する考え方は本当に正しいのでしょうか?
自由の裏にはデメリットが必ず存在します。
日本人は精神的な制約が非常に少ない分、全ての手がらも責任もその個人に全てが帰結するような社会を作ってしまっているのです。

イスラム教徒はよく他のイスラム教徒を助けます。
なぜでしょうか?それはイスラム教徒であるということに精神的自由を奪われている人たちだからです。
富裕層でも、貧困層でも毎日メッカの方向にお祈りをする行為は変わりません。
豚肉を使用した料理を食べられない不自由もあります。
このように精神的不自由を共有するからこそ人は相互扶助の精神を手に入れることができるのです。

アッラーを信じていない貧困層を毎日お祈りしている富裕層が助けてあげると思いますか?
相互扶助の精神はどこからか湧いて出てきたものではないのです。

日本人には精神活動の制約を与えるべき?

答えが見えてきました。
日本を弱者に優しい国にしたい→日本人には相互扶助の精神が必要→そのために精神活動の自由を抑制させる必要がある
という流れがキレイにできたわけです。

ただ「どのような制約」を「どのような方法」で「どのような力加減」で与えることが日本人にとって最も良い答えなのか。そこに対する答えをボクはまだ持ち合わせていません。
今は封建制度の時代じゃありませんし、おサムライさんがいた時代から大きく時代は変化してしまいました。
日本人の精神的基盤を作るために必要な規範は多くの人の意見を取り入れつつ、新しく構築していく必要があるでしょう。

ただ、ボクがこの記事で伝えたい事実は明確に示したいと思います。
それはとてもシンプルです。それは
なにかを変えたい時、そこにリスクがあることを認知していない意見は毒にも薬にもならない
ということです。

最近
・女性が輝ける社会を作りたい!
・経済的弱者を保護してあげたい!
・老人にも若者にも輝ける未来を作りたい!
などの、まったくもってリスクを考えていない意見が多すぎる気がします。

・女性が輝けば男性は輝かなくなる
・経済的弱者を保護すれば税金は上がって金持ちは外国に逃げる
・老人に年金をあげれば若者に投資できる予算は縮小する
これが事実で、ウィンウィンの関係は絶対にありません。

上野千鶴子さんのスピーチを見てボクが思った感想は、実行の具体性に欠け、そこで発生するリスクが全く見えていない内容だなぁ、ということです。
日本には
二兎を追う者は一兎をも得ず
ということわざがあります。

追うべきウサギが増えすぎている現代日本。
追うことを諦めなけれればならないウサギを明確化しなければ、本当に全てを失ってしまうんじゃないでしょうか。

🔥✏️ベトナム語教えます

このブログを書いているボクがオンラインでベトナム語を教えます。
コロナ禍の今こそ、ベトナム語を勉強してスキルアップを目指してみませんか?

会話重視の実践的な授業をマンツーマンでご提供。
ベトナム語の最難関ポイントである発音から丁寧にご指導いたします。
目標はネイティブのベトナム人とスムーズに話ができるようになるレベルまで。
初級〜中級レベルまでを対象にした会話授業です。

週一回。最低月額6000円からの超低価格。
最初の授業は無料でお教えしますので、まずはお気軽にお問い合わせください。↓

中村 祐(なかむら ゆう)
dball3200@gmail.com

このブログの人気記事

The following two tabs change content below.

yusan

ホーチミン在住8年。元ベトナム語通訳です。 もともとはベトナム人材関係の仕事をしていたんだけど、現在はコロナのせいで失業中。 良い仕事があったら紹介してください😷

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください