知識ゼロでもOK!知らない人向けにベトナム戦争の流れを解説するよ

「ベトナム戦争」っていうキーワードを誰でも1度は耳にしたことがあると思います。
でも構造が複雑すぎて「一体どんな戦争だったのかよくわかってない、、、」なんて人も多いんじゃないでしょうか。

そこで今回の記事では
誰にでもわかるように、難しい部分は全部削ぎ落としてしまって、非常にシンプルにベトナム戦争を解説してみようと思います。

難しいキーワードは一切なし。
この記事を読めば「世界史の一大事」ベトナム戦争のだいたいのことが分かるはずですよ。

※難しい話にならないように、この記事ではインドシナ戦争とベトナム戦争を一緒にして話しています。
専門的な知識の披露ではなく、ベトナム戦争を理解するための記事ですからツッコミは無しでお願いします。

 

 

 

 

日本の敗戦と同時に独立宣言

昔、日本はアメリカと戦争しました。
第二次世界大戦ですね。
で、日本はアメリカに負けちゃって、敗戦国になってしまったわけですけど。

この時代の時代背景として知っておかなければならないのが、世界は「支配する側の先進国」と「支配される側の後進国」に分けられていたって言う事ですね。

 

後進国は植民地といって先進国の奴隷状態。
何も言えない立場にいたわけですね。
強い軍事力を持っている先進国にいじめられてコーヒー作らされたりとか、先進国の教育を強制されたりとか。
そんな大変すぎる状況が後進国ではずっと続いてきたわけです。

 

でも後進国の立場に立っている国々っていうのは、先進国に対して文句を言うにもかなり厳しい状況。

なんでかっていうと先進国は最新の武器を持っていたりとか、超金持ちだったりとか。
それに先進国(白人の国)はアジアやアフリカの国を支配する構造を100年以上にわたって作ってきたので。
なかなかこんな状況から抜け出す事は難しかったんですね。

そんな理不尽な状況に「いい加減にしろ!」ってしびれを切らしたのがベトナム。
ベトナムは日本が敗戦した直後に独立宣言を発表。
「もうお前らの言うことは聞かない!」とベトナムを支配していたフランスに啖呵を切ったわけです。

 

その当時は後進国が先進国に支配されるものって言う常識がありました。
後進国はイジめられて当然だったわけですね。

その常識をぶち破った国がベトナム。
いじめられっ子がいじめっ子に殴りかかってしまったわけです。

 

 

 

 

ベトナムの独立を認めないフランス

さてそんな独立宣言をしたベトナムなんですけど、今までずっとベトナムを支配していたフランスは当然そんなことは許したくありません。

だってベトナムをずっと奴隷扱いしていれば、フランス人の生活はもっともっと豊かになるからです。
いじめればいじめるほど自分たちは幸せになれるわけですから、わざわざそんな権利を手放すわけがないですよね。

だからベトナム人が「独立したい」って言っても、当然「そんな事は認められない」って言うことになるわけです。
まぁ、ヤクザみたいなもんです。

 

そんなことからついに戦争になってしまったベトナムとフランス。
ベトナムは後進国で武器や装備ではどう考えてもフランスには勝てない状態だったわけですけど、この状況をうまくひっくり返していきます。

周辺の国でフランスを嫌っているロシアや中国を味方につけることで、戦争に必要な装備品を集めていったんですね。
「敵の敵は味方」っていう原理を利用したわけです。

フランスを嫌っている国にとっては、フランスと対立しているベトナムを応援したくなるのは当然の話ですからね。

 

さてそんなロシアや中国を味方につけたベトナムは先進国の軍隊が考えもつかないような作戦や襲撃を繰り返すことで、、、ついにフランスに勝ってしまったんです!

これは世界史上の大事件です。
今までいじめられる側だった後進国がついに先進国に勝ってしまったわけですから。

 

 

 

 

フランスに勝利したベトナムに立ちはだかるアメリカ

フランスに勝利を収めたベトナムなんですけど、ベトナムの苦難はまだまだ続きます。

なんとフランスと仲が良いアメリカまでもが、ベトナムの独立を阻止するために戦争に参加してしまったわけです。
アメリカといえば世界で1番の軍事大国です。

このいじめっ子の中の大ボスであるアメリカまでもを相手にしなければならなくなった。
ベトナム人の苦悩はとても大きいものだったと思います。
「いじめられっ子がいじめっ子に刃向かう」っていうことはつくづく大変なことなんだなぁ、ということがわかります。

 

アメリカは参戦後、飛行機でバカバカと爆弾を落としたり、農村を虐殺して回ったり、枯葉剤を使ってベトナムの熱帯雨林を丸裸にしたり。
人としてやってはいけないことをたくさんやってきました。

そんな近代兵器を持っている理不尽なアメリカに対抗するためにベトナム人が作ったのが広大な地下都市。
なんと全長200キロの街を土の下に作って様々な手段を使って強襲をしたんですね。

 

熱帯雨林の地下から突然現れてアメリカ兵を攻撃するベトナム人。
これには流石のアメリカ兵も参ってしまったわけです。
原始的な戦いに持ち込まれてしまっては、アメリカ人の持っている近代的な武器は全然役に立ちませんから。

だって熱帯雨林の中で戦っている時に飛行機を使ったって、戦車を使ったって全然意味がないわけです。

 

ベトナム戦争は異常に長引いた戦争なわけですけど。
戦争があまりに長引いたせいでアメリカ国内でもついに「もういい加減にしろよ」って言う声が上がってしまい、ついにアメリカは降参しました。

当時のアメリカ新聞「TIMES」

 

超有名なアメリカの新聞「TIMES」の当時の表紙がこれです。
「インドシナの戦争は一体いつまでするの?」
と書かれています。
30年も戦争してればそうなっちゃいますよね。

 

 

 

 

30年の苦悩の末ベトナムは独立!

こうしてベトナムはついにフランスとアメリカに勝利しました。
アメリカ軍は全面撤退。

アメリカが支配していたホーチミンにある大統領府。
そこに続く大きな道、レジュアン通りにベトナム軍の戦車がキュラキュラと登場。
これで完全にベトナムの勝利が確定した訳ですね。

 

ベトナムは先進国からいじめられる状況から抜け出した最初の国になりました。
これは本当に凄いことで、実際にこれ以降「アジア人もアフリカ人も南米人も平等だ!」っていうルールが世界中に広がっていくことになりました。

ベトナム戦争で立ち上がったベトナム人たちの勇気が「世界中の人々は皆平等」っていう今の国際社会を作り出したんですね。

 

いやぁしかし、何をするにも最初の一歩を踏み出すことは相当に大変なもので。
「力で脅迫してくる人たちをはねのけるエネルギー」っていうのがいかに大きいものかっていうことがわかるのが、このベトナム戦争だと思います。

なんといってもベトナムがフランスと戦争始めてからアメリカ人に勝利するまでにかかった時間は約30年間。
びっくりするぐらい長い間、超大国と戦ってこなければならなかったわけです。

日本がアメリカに攻撃をしてから敗戦が決まるまでの期間は4年間ですから。
ベトナム人の粘り強さっていったらそれはすごい。
本当にビックリなレベルです。

 

世界に新しいルールを根付かせるためにはここまでの苦労があるのか。
そんなことがわかるのがベトナム戦争なんですね。

 

 

 

 

 

The following two tabs change content below.

yusan

ホーチミン在住7年。元ベトナム語通訳です。日本で働くベトナム人に質の高い教育を施してあげたい。日本に良い人材を送りこみたいという気持ちで教育事業を行なっている日本語教育のプロです。ベトナム人材についてのご相談はボクのメールに直接どうぞ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください