コロナが日本で猛威をふるっている根本的な原因

ボクは現在ベトナムで生活している。
最近ではベトナムのホテルでもついにコロナを原因とした日本人に対する宿泊拒否が始まっているようで、いよいよ笑えない状況に突入してきたようだ。

1ヵ月ほど前にボクは心配をして日本の両親に電話をかけた。
だが両親はさほどの危機感を持っていなかったように感じた。
その時電話越しにボクはひどく驚いたことを覚えている。

「日本という国は本当に大丈夫なのか、、、?」

なぜなら日本人が安心感に浸っているまさにこの時、ベトナムでは街の景色が一変するほどのコロナ対策が既に練られ始めていたからだ。

そして1ヵ月が経った今、ようやく日本でも危機感が浸透してきたように感じる。
ベトナムという発展途上国に遅れること1ヵ月。
ようやく学級閉鎖が始まるという有様だ。

なぜ日本は発展途上国の後追いをするようなレベルの低い国に成り下がってしまったのだろうか。

ネットでよく見かける分析記事の真似ではなく、ボクにしかできない角度からこの問題を掘り下げてみることに挑戦してみようと思う。

政府よりも責任が重いのは同調圧力に負ける日本人だ

日本のニュース記事を見てみると
・政府の初期対応がおかしかった
・いやいや日本政府だって頑張って対策を練っているんだよ

このような意見が散見される。

このこと自体がボクからみると非常に不思議なことだ。
少なくとも 2月中旬にボクが話した日本人の友人や家族の中でコロナに対して危機感を持っている人は0人だった。

中国の春節前に中国人を入国拒否にしろ!
こんなことを発生当初から言っていた人が政府批判をするというのならよくわかる。

しかし少し前まではノーコメントであった人たちがやれ「政府が悪い」やれ「政府の対応は仕方がない」などと今になって言い出す様はまさに理解不能だと感じるわけだ。

少しくらいは「オレたち日本人全員の責任だよ、、、」といった殊勝なコメントを見てみたいものなのだが。

ボクはコロナ騒動の渦中にインドとベトナムという2つの国に滞在しており、ベトナムに関しては8年間生活をしているので言葉もわかる。

その上で言わせてもらうと、彼らのコロナに対する対応は明らかに迅速だった。

ボクはインドでコロナ由来の東アジア人差別にも遭遇したが、その時のことはよく覚えている。
肌感覚としてコロナ発生後に街の雰囲気が変化したと感じたのは2/1である。
日本よりもはるかに早く危機感の浸透が国民レベルで行われていたわけだ。

日本ではいつもなにか問題が起きると政府の対応を非難する声が聞こえるが、今回の件に関してはナンセンスである。
なぜならコロナの感染拡大の原因は日本人1人1人が持つ危機意識の低さであるからだ。

とりあえず政府の発表を待ってから身のふりを考えよう
というような「人生まるごと指示待ち人間」が日本には多すぎる。

インドやベトナムの対応の早さは個人レベルでの危機察知能力によるものだ。
初めてコロナのニュースが流れた瞬間から、政府の発表など待たずとも彼らの危機意識は自身の肌感覚によって一瞬でマックスまで高められたのである。

集団行動や規律こそがコロナの原因

世界には集団行動を得意とする民族と、個人主義の民族が存在する。

集団行動を得意とする国はルールや規律を重んじるためコミュニティを発展させることができる。その反面、個としての危機管理能力が育たない傾向がある。

そしてその反対に個人主義の国は自己中心的である。1人1人がルールを守らないためコミュニティは育たないが、個々人の危機管理能力は相当に鋭い。

これらの特性から

先進国(集団行動)⇄後進国(個人行動)
であると考えて間違いはない。

先進国にはまとまりがあるので大きな経済体も作りやすいが、後進国はコミュニティを作れないので経済体のサイズが小さいわけだ。

今回のコロナ騒動で対策がうまく進んでいるのは途上国なのだが、これは彼らが「個の意思決定を重視」しており「指示待ち人間でなかった」ことに最大の要因がある。

つまり今回の騒動では日本人の「他人任せ」「誰かに従っていれば救われるだろう」といった甘い考えが仇となったと分析できるわけだ。

あまりにも、感性が鈍りすぎである。自分1人では危険か安全かの判断すらできないのだから。
まさに烏合の衆という言葉が今の日本人にはぴったりとくるのじゃないだろうか。

こういう意見を書くと

「じゃあルールを無視してみんなが自分勝手になればいいっていうのか!」
と怒ってくる人がいるわけだが、まさにその通りである。

実際に今回のケースでは集団行動を重視して自分でものを考えない日本人の特性によって感染が拡大したわけで、政府の発表など待たずに各々が自己責任で対策をとっていれば問題にはならなかったわけだから。

だいたい
「じゃあルールを無視してみんなが自分勝手になればいいっていうのか!」
というような意見は一方的な見方である。

自分勝手な人間にも良いところと悪いところがあるわけで、ボクはその良い点を学ぶべきと言っているに過ぎない。

「自分勝手な人ばかりだと社会が回らないよ」と言いたいのだろうが、国民がみんな自分勝手な国というのは意外に多い。
世界中の7割以上はそうであるとボクは感じている。

それでなぜ彼らの社会が崩壊しないのか?というと理由はシンプルで。
それは自分勝手な人たちが集まる社会にだって良い点がたくさん存在しているからである。

その良い点を日本は学ばなければならないとボクは言っているわけだ。それも早急に、である。

なぜ今途上国が発展し、先進国は衰退しているのか

世の中はトレードオフによって成り立っている。
天秤のようなバランスで世界は動いており、先進国が衰退することと引き換えに途上国は発展をしている。

だから現在日本や欧米に元気がなく、テレビをつければ
ベトナム経済がすごい!
カンボジア経済がすごい!

なんて情報があふれていることに特に本質的な意味はない。それは単なる時流だからだ。

長い目で見れば将来に途上国が落ちぶれ始めた時にはまた先進国が発展を始める。
ただそれだけの話である。

ただ現在の世の中と言うのは発展途上国側を中心に動いており、このムーブメントに乗らない限りは恐ろしい結果が待っている。
そういうものらしい。

日本人が途上国から学ぶべき事は、それはもうたくさんある。
そのことを指し示したのが今回のコロナ騒動なのではないだろうか?

あまり風呂敷を広げすぎるとこの1つの記事内だけでは収拾がつかなくなってしまうので、今回のコロナ感染拡大についてたった1つだけ。
ボクが途上国から学ぶべきだと感じるポイントを書いて今回の記事を終りにしようと思う。
このポイントは途上国の人間がもつ良いポイントである。

それは
自分の感性を磨き、自分で決定をする。

ということだ。

危ないか危なくないかは自分自身が決めるのだ。
マスクをするべきか、手洗いをするべきか、そんなことは自分で決めることだし、結果として起きる責任は自分で取ればいい。

周囲と違う行動を自分の価値観で取れる人間が多いこと。
これは途上国のもつ素晴らしいポイントの一つである。

日本人はこの点を早く学び、改善しなければならない。
なぜならば日本人が反省し、変化するまでこういった問題はより大きくなって戻ってくるからである。
よしんば今回のコロナを乗り切ったとしても第二、第三のコロナがくるに違いない。
変化することを望まないのであれば、日本人の心をポキッ!と折ってしまうまでこの風はやまないだろう。

これからの世の中、スタンダードなルールブックは発展途上国側が握っている。
その時流にいつまで日本人は逆らい続けることができるのだろうか?

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yusan

ホーチミン在住7年。元ベトナム語通訳です。日本で働くベトナム人に質の高い教育を施してあげたい。日本に良い人材を送りこみたいという気持ちで教育事業を行なっている日本語教育のプロです。ベトナム人材についてのご相談はボクのメールに直接どうぞ。

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